「裏磐梯」は、明治21年(1888年)7月15日、会津磐梯山の噴火によって裏磐梯が生まれました。山頂部分での噴火は10数回に及び、最後の噴火では山体が崩壊し、大量の岩石や土砂などが時速80kmを越す爆風に乗って流れくだり、北麓の谷を埋めながら8キロ離れた山麓(甚九郎山や簗部山)まで達しました。その結果、磐梯山の北側は流れ山(岩屑物の推積丘)が巨大な高原大地が出現し,この崩壊によって長瀬川とそれに注いでいた中津川、小野川、雄子沢側などが堰き止められ、桧原湖、秋元湖、小野川湖、雄子沢湖(のちに桧原湖と一体になる)などの湖となります。また、流れ山の間のくぼ地に水がたまり、多くの湿地や沼が形作され現在に至っています。標高約800メートル前後の高原台地にある裏磐梯は、山岳・高原・湿原・渓谷・湖沼・草原・温泉・森林など美しい自然の景観に恵まれています。気候は、北日本型の積雪寒冷地のため、夏は涼しく冬はたくさんの雪が降ります。裏磐梯の四季は、4月〜6月が春、7〜8月が夏、9月〜11月が秋、12月〜3月が冬となります。